×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

プロ野球応援歌のはじまり

プロ野球の応援歌は今や球場には欠かす事の出来ない風物詩の1つとなっています。この応援歌の1番最初は1970年代後半の広島東洋カープの山本浩ニ選へのものだった、と言われています。当時の山本浩二と言えば広島の中軸打者であり、絶大な人気を誇った選手でした。その後、同じく広島東洋カープの衣笠祥雄選手の応援歌が出来ました。衣笠祥雄も「鉄人・衣笠」の異名を取り、山本浩二と人気を二分するほどの選手でした。ちなみにそれより前はトランペットを用いた応援自体は行われていました。「コンバットマーチ」や「ビクトリーマーチ」の演奏ですね。珍プレー好プレーの古い映像なんかでたまに見る事が出来ます。現在の東京六大学の応援が非常に近いです。これより更に前となると、バッターが紹介されたところでファンファーレ的にトランペットの演奏があったそうです。どうやらプロのトランペット奏者が演奏の練習のために球場で吹いたのが起源のようですよ。

オリジナルのプロ野球応援歌

広島東洋カープから始まった応援歌の演奏ですが、その後すぐに他球団へ波及、パリーグへの波及は比較的遅かったと言われていますが、それでも1980年代前半までには全ての球団で応援歌の演奏が始まりました。応援歌が導入された直後は基本的に替え歌が多かったような気がします。つまり有名な曲のメロディーのサビを借りてきて、歌詞を変えてしまう、というものです。わかりやすい例は山本リンダの「狙い撃ち」ですね「うらら〜うらら〜うらうらよ〜」の部分が中日のゲーリーの応援歌に用いられると「ゲーリーゲーリーホームラン〜」に変えて歌われていましたね。高校野球では「打てよー打てよー打て打てよー」ですが。その内オリジナルの応援歌が徐々に出始め、今ではそのほとんどがオリジナルの応援歌となっています。

21世紀のプロ野球応援歌

このように応援歌は替え歌からオリジナルへ変遷していきましたが、オリジナルに移行する事によって可能になったのが「応援歌レコードの発売」です。私も小学生の時に読売ジャイアンツの応援歌レコードを擦り切れるほど聴いた思い出があります。それが高じて高校生では某有名私学の応援団部にまで入ってしまいましたが・・・。一時期は各球団から応援歌CDが出ていたような気がするんですが、最近は見なくなりましたね。まああれは球場で聴くからいいのであって、冷静に家で聴いても結構寒いものがあるんですけど・・・。私はゲームをあまりやりませんがパワプロ?パワフルプロ野球?とかでは応援歌が再現されているのかな?オリジナルを作曲出来る機能があっるような話しは聞いた事がありますが・・・。しかし最近は大リーグ中継の普及とともに、日本特有のあの応援歌はうるさいから止めて欲しい、という声も出始めてきました。メジャーではないですし、ないからこそバットに当たる球の音などがリアルに聞こえるんですけどね。ちなみに台湾プロ野球の応援はもっとうるさいですよ。爆竹とか鳴りますからね。

Copyright © 2008 プロ野球応援歌の歴史